ただ のり の みやこ おち

平家物語 巻第10

ただ のり の みやこ おち

かきおきたるふみをばみやこへつたへてたべ」など、こまごまとのたまへば、めのとのにようばう、なみだをおさへて、「いとけなきこをもふりすて、おいたるおやをもとどめおき、はるばるとこれまでつきまゐらせてさぶらふこころざしをば、いかばかりとかおぼしめされさぶらふらん。 08Hsato 原テキスト作成 荒山慶一氏 荒山氏のURLは以下の所にある。 くわしくは「」を お読み ください。 さらばやがてなんぢあんないしやせよ」とのたまへば、「このみはとしおいて、いかにもかなひさふらふまじ」とまうす。 これをはじめて、宇治橋かためたりけるつはものども、しばしささへてふせぎたたかふといへども、東国のおほぜいみなわたいてせめければ、ちからおよばず、こはたやま、ふしみをさしてぞおちゆきける。 おちあはぬことはよもあらじ」とて、すでにかけいでくまんとしければ、じらうびやうゑ、あくしちびやうゑがよろひのそでをひかへて、「きみのおんだいじこれにかぎるべからず。 あるひはあはぢのせとをおしわたり、ゑじまがいそにただよへば、なみぢはるかになきわたり、ともまよはせるさよちどり、これもわがみのたぐひかな。 そこではるは見た。 「る・らる」には「受身・尊敬・自発・可能」の4つの意味がある。 平家ほろび、源氏のよになつてのち、鎌倉どのとなかたがうて、あうしうへくだりうたれたまひしとき、わしのをのさぶらうよしひさとなのつて、いつしよでしににけるつはものなり。 しだいしゆのなかに、すゐくわふううはつねにがいをなせども、だいぢにおいてことなるへんをなさず。 「難波の葦は伊勢の浜荻」 菟玖波集。 (平家)一門の運命は、もはや尽きてしまいました。 花のころはさかりにけりな上野山わが身べんとをひらきせしまに 花の色身のいたづらはせぬ女 注:生涯男を寄せつけなかったとの伝説がある。 ぶげいのいへにうまれずは、なにしにただいまかかるうきめをばみるべき。 (終). ははうへ、「さぞあるらめ。 約9300個 あります さんの データを 参考に しています。。 みうちよりもよほしのなからんに、これほどまでおほばんじゆのものどもが、さわぐべきことやさぶらふべき。 主従さんきうちつれ、おとさんずるたにをばゆんでになし、めてへあゆませゆくほどに、としごろひともかよはぬたゐのはたといふふるみちをへて、いちのたにのなみうちぎはへぞうちいでける。 さてみやづかへたまひしほどに、ところしもこそおほけれ、ごぜんにふみをおとされたり。 忠度都落ち 16 忠度都落ち (ただのりのみやこおち) 薩摩守忠度は、いづくよりかかへられたりけん。 いつちやうのゆみのいきほひは、はんげつむねのまへにかかり、さんじやくのけんのひかりは、あきのしもこしのあひだによこだへたり。 めのとのにようばう、ひじりのまうされつるさまを、こまごまとかたりまうしたりければ、「あはれ、そのひじりのおんばうの、このこをこひうけて、いまひとたびわれにみせよかし」とて、うれしさにも、ただつきせぬものはなみだなり。 しやうねんじふしさいとぞきこえし。 066 眼と口と耳と眉毛のなかりせばはなより外にしる人もなし もろともにあはれと思へ山桜花よりほかに知る人もなし なかなかシュールな悪ふざけです。 あふみのみづうみのすゑなれば、まつともまつともみづひまじ。 さんみのちうじやうのむまのさんづをのぶかにいさせてよわるところに、めのとごのごとうびやうゑもりなが、わがむまめされなんとやおもひけん、むちをうつてぞにげたりける。 htm 平家物語 巻第九 (流布本元和九年本) 1 生きずきの沙汰(いけずきのさた) 寿永三年正月一日(ひとひのひ)、院の御所は大膳大夫業忠(なりただ)が宿所、六条西洞院なりければ、御所のていしかるべからずとて、院のはいらいもおこなはれず。 ならぼふしにせめられて、またみやこへかへりのぼり、ほつこくにかかつて、つひにおくへぞくだられける。 ありがたかりしことどもなり。 春霞立田の山に初花をしのぶより、夏は妻恋ひする神なびの郭公、秋は風にちる葛城の紅葉、冬は白たへの富士の高嶺に雪つもる年の暮まで、みなおりにふれたる情なるべし。 07Hsato 原テキスト作成 荒山慶一氏 荒山氏のURLは以下の所にある。 せいだうはいつかうきやうのつぼねのままなりければ、ひとのうれへなげきもやまず。 日本の 人名は 日本語だからです。 われらがなかへかうにんになりたまへ。 かならずひとつはちすへとおぼしめされさぶらふとも、しやうかはらせたまひなんのち、ろくだうししやうのあひだにて、いづれのみちへかおもむかせたまはんずらん。 ゆくすゑいまだいづくとも、おもひさだめぬかとおぼしくて、いちのたにのおきにやすらふふねもあり。 いまはところどころでうたれんことこそかなしけれ。 たとひかしらをばそりたまふとも、こころをばよもそりたまはじ」とて、めしとつてうしなふべきよし、鎌倉殿より公家へ奏聞申うされたりければ、やがてあん判官すけかぬにおほせてめしとつて、つひに関東へぞくだされける。 005 なく鹿の声聞くたびに涙ぐみさる丸太夫いかい愁たん 奥山に紅葉ふみわけ鳴く鹿の声きくときぞ秋はかなしき 芝居地味た猿丸大夫の愁嘆ぶりを皮肉る。 されどもさやうのことは、ありがたきためしぞかし。 おなじきにじふしにち、木曽のさまのかみ、よたうごにんがくびみやこへいつて、おほぢをわたさる。 女将は眉を寄せたが、はるはすぐに真顔になる。 「しよまうのものはいくらもありけれども、そのむねぞんぢせよ」とて、いけずきをばささきにたぶ。 ゆきはのばらをうづめども、おいたるむまぞみちはしるといふためしあり」とて、しらあしげなるらうばに、かがみぐらおき、しろぐつわはげ、たづなむすんでうちかけ、さきにおつたてて、いまだしらぬしんざんへこそいりたまへ。 ただおいてあいせよや」とて、うたんといふものこそなかりけれ。 ぶしどもうちかこんでいでにけり。 さてやがてうしなひげなりつるか」ととひたまへば、「このあかつきのほどとこそみえさせましましさふらへ。 ややあつておきあがり、なみだをおさへてまうしけるは、「こまつのさんみのちうじやうこれもりのきやうのきたのかたに、おんしたしうましますひとのわかぎみを、やしなひまゐらせてさぶらひつるを、もしちうじやう殿のきんだちとや、ひとのまうしてさぶらふらん、きのふぶしにとられてさぶらふなり」とぞかたりける。 木曽はかはらをのぼりにおちさふらひつるを、ぐんびやうどもをもつておはせさふらひつるが、いまはさだめてうつとりさふらひなんず」と、いとこともなげにぞまうされける。 きやうだいなるうへ、ことにふしのちぎりをして、いちのたに、だんのうらにいたるまで、平家をせめほろぼし、ないしどころ、しるしのおんはこ、ことゆゑなうみやこへかへしいれたてまつり、いつてんをしづめしかいをすます。 熊谷かくればひらやまつづき、ひらやまかくれば熊谷つづき、たがひにわれおとらじと、いれかへいれかへ、なのりかへなのりかへ、もみにもうで、ひいづるほどにぞせめたりける。 木曽どのともゑをめして、「おのれはをんななれば、これよりとうとういづちへもおちゆけ。 このくれはいつのとしよりうかりけるふる借銭の山おろしして うかれける人や初瀬の山桜 注:初瀬は桜の名所でもある。 かさねてせいをたまはるべきよしまうされたりければ、ふくはらよりすまんぎのぐんびやうをさしむけらるるよしきこえしかば、じやうのうちのつはものども、てのきはたたかひ、ぶんどりかうみやうしきはめて、かたきはたぜいなり、みかたはこぜいなりければ、「とりこめられてはかなふまじ。 鎌倉殿、判官にせいのつかぬまに、いまいちにちもさきにうつてをのぼせたうはおもはれけれども、だいみやうどもさしのぼせば、うぢせたのはしをもひき、きやうとのさわぎともなつて、なかなかあしかりなんず。 しばらくちんぜいのかたへも、おちゆきさふらはば、そのおそれあるまじうさふらふ」とまうされたりければ、さらばとて、ちんぜいのものども、をがたのさぶらうこれよしをはじめとして、うすき、へつぎ、まつらたうにいたるまで、みな義経が、げぢにしたがふべきよしの、ゐんのちやうのおんくだしぶみをたまはつて、あくるみつかのうのこくに、みやこにいささかのわづらひもなさず、なみかぜをもたてずして、そのせいごひやくよきでぞくだられける。 ほんてうには、じんだいよりつたはれるおんたからみつあり。 「たびのそらのよそほひ、おんこころぐるしけれども、みやこもいまだしづまらず」など、こまごまとあそばいて、おくにはいつしゆのうたぞありける。 なかにもかどわきのへい中納言のりもりのきやうをば、じやうにゐのだいなごんにあがりたまふべきよし、おほいとのよりのたまひつかはされたりければ、のりもりのきやう、 けふまでもあればあるかのわがみかはゆめのうちにもゆめをみるかな W067 とおんぺんじまうさせたまひて、つひにだいなごんにはなりたまはず。 およそとうざいのきどぐち、ときうつるほどにもなりしかば、源平かずをつくしてうたれにけり。 しやうしゆんにおいては、まつたくおんぱらくろおもひたてまつらぬざふらふ」。 なかごろをののこまちとて、みめかたちうつくしう、なさけのみちありがたかりしかば、みるひときくもの、きもたましひをいたましめずといふことなし。 とりにあらざれば、そらをもかけりがたく、りうにあらざれば、くもにもまたのぼりがたし。 4 土佐坊斬られ(とさぼうきられ) さるほどに判官には、鎌倉殿よりだいみやうじふにんつけられたりけるが、ないないごふしんをかうぶりたまふときこえしかば、こころをあはせて、いちにんづつみなくだりはてにけり。 馬鹿にするな、あたしに何か教えようなんて十年早い、そんな暇があるならもっと針仕事や料理に費やせ、と。 薩摩守忠度は、(都落ちして、都を去った後)どこから(引き返して都に)お帰りになったのだろうか、 侍五騎、童一人、わが身ともに七騎取つて返し、五条 三位 さんみ 俊 しゅん 成 ぜい 卿 きょう の宿所に おはし て見 給へ ば、門戸を閉ぢて開か ず。 店内は古く、小汚い。 さざなみや 志賀の都は あれにしを むかしながらの 山ざくらかな 其身 朝敵 ( てうてき ) となりし上は、 子細 ( しさい ) におよばずといひながら、うらめしかりし事どもなり。 わかぎみいまはかうとみえしとき、みぐしのかたにかかりけるを、ちひさううつくしきおんてをもつて、まへへかきこさせたまふを、しゆごのぶしどもみまゐらせて、「あないとほし、いまだおんこころのましますぞや」とて、みなよろひのそでをぞぬらしける。 さておんこしにめされたまふ。 なにかくるしうさふらふべき。 それもおもへばこころうし。 おなじきじふいちぐわつふつかのひ、くらうたいふの判官ゐんざんして、おほくらきやうやすつねのあそんをもつて、そうもんせられけるは、「頼朝、らうどうどもがざんげんによつて、義経うたんとつかまつりさふらふ。 さるほどに六代御前は、さんみのぜんじとて、たかをのおくにおこなひすましておはしけるを、鎌倉殿、「さるひとのこなり、さるもののでしなり。 さてなんぢらはいかがははからふやらん」とのたまへば、「これはいづくまでもおんともつかまつり、いかにもならせましまさば、ごこつをとりたてまつり、かうやのおやまにをさめたてまつり、しゆつけにふだうつかまつり、ごぼだいをとぶらひまゐらせんとこそぞんじさふらへ」とて、なみだにむせしづんでぞふしにける。 2 宇治川先陣(うぢがはのせんぢん) ささきしらうのたまはられたりけるおむまは、くろくりげなるむまの、きはめてふとうたくましきが、むまをもひとをも、あたりをはらつてくひければ、いけずきとはつけられたり。 みやよりもまたおんふみあり。 いまはくだらん」とてひしめきけり。 ものみなかくのごとし。 能登殿かはのをばうちもらされたりけれども、ぬたのじらうがかうにんたるをめしぐして、いちのたにへぞまゐられける。 二重敬語(尊敬)であっても現代語訳するときは、通常の尊敬の意味で訳す。 075 ふるがけをとりしばかりをいのちにてあはれことしのあきなひもなし 契りおきしさせもが露を命にて哀れ今年の秋もいぬめり 「ふるがけ 古懸 」とは、古くから貸してあった売り掛け代金のこと。 それを教わらないのは、単にはるたちが女郎上がりだから既に知っていると見なされているのだとばかり思っていたが…… 目の前の女将の肌をみる。 「かねひらはこのおんかたきしばらくふせぎまゐらせさふらふべし。 三位殿に申すべきことあつて、忠度が帰り参つて候ふ。 さりながら、いまいちどいまゐがゆくへをきかん」とて、かはらをのぼりにかくるほどに、ろくでうかはらとさんでうかはらのあひだにて、かたきおそひかかれば、とつてかへしとつてかへし、木曽わづかなるこぜいにて、うんかのごとくなるかたきのおほぜいを、ごろくどまでおひかへし、かもかはざつとうちわたり、あはたぐち、まつざかにもかかりけり。 「こんなの、基本です。 あるべうもなし」とせいせられて、ちからおよばでくまざりけり。 しのばずはすぽんも鴨な雁 がん ぞなくあまた子供のつくでかなしも 094 衣うつ音にびつくりめをさましところで一首つづる雅経 みよし野の山の秋風さよ更けて故郷さむくころもうつなり 雅経は蹴鞠で名高い家の出でしたが、後鳥羽院に寵愛され新古今集の撰者にまでなり、飛鳥井家を歌の家としても押し上げた人。 「おんかたきすでにかはらまでせめいつてさふらふに、なんとてさやうにうちとけてはわたらせたまひさふらふやらん。 とさばう、こころはたけうよせたれども、たすかるものはすくなう、うたるるものぞおほかりける。 そのよはそこにてまちあかし、あけてのち、きんりのひとにたづぬれば、「としのうちはだいぶつまうでときこえさせたまひし。 今こんと鳴きしばかりに女狐の穴にや夜の殿を待つらん 注:穴に女陰を暗喩。 くげにもかやうのことどもをきこしめして、こさまのかみよしとものはかへ、ないだいじんじやうにゐをおくらる。 いかにもしてながらへて、おんゆくへをもたづねまゐらせよと、おほせさふらひしほどに、かひなきいのちばかりいきて、つれなうこそこれまでまゐつてさふらへ」とまうしければ、きたのかた、とかうのへんじにもおよびたまはず。 あらしにたぐふをりをりは、ばいくわともまたうたがはれ、とうざいにむちをあげ、こまをはやめてゆくほどに、やまぢにひくれぬれば、みなおりゐてぢんをとる。 まことやらん、をんなはさやうのとき、とをにここのつはかならずしぬるな れば、はぢがましう、うたてきめをみて、むなしうならんもこころうし。 帝(安徳天皇)はとっくに都をお出になられています。 みやこにはいくさいできて、きみうたれさせたまひさふらひぬ。 やがてはしりかへつて、「かぶろとおぼしきものは、ふたりながらとさばうがか殿まへに、きりふせられてさぶらふ。 おんみもつかれさせたまひさふらひぬ。 能登殿、きやつばらはこはいおんかたきでさふらふ。 けさいちのたににて、わがこのこじらうがうすでおうたるをだにも、なほざねはこころぐるしくおもふに、このとの(のちち)、うたれたまひぬとききたまひて、さこそはなげきかなしみたまはんずらめ。 三位うしろを 遥 ( はる ) かに見おくってたたれたれば、忠度の声とおぼしくて、 「 前途 ( せんど ) 程 ( ほど ) 遠 ( とお ) し、 思 ( おもひ ) を 雁山 ( がんざん ) の 夕 ( ゆふべ ) の雲に 馳 ( は ) す」 と、たからかに口ずさみ給へば、俊成卿いとど 名残 ( なごり ) 惜しうおぼえて、涙をおさへて入り給ふ。 かうみやうふかくもかたきによつてこそすれ。 「ただおしならべてくめやくめ」とげぢしけれども、平家のかたのむまはかふはまれなり、のりしげし。 あまりひとのこころづよきも、なかなかいまはあたとなんなるものを。 花火をば貰うて日暮れ待つ子供いかに久しきものとかは知る 贔屓する役者の幕の明くる間はいかに久しきものとかは知る 054 よみ歌のうへならばこそいふだあろけふを限りの命なれとは 忘れじの行く末まではかたければ今日を限りの命ともがな 言葉の上だけで、本気ではあるまいと見くびっています。 裏の戸をたたく待ち人門たがへゆくへも知らぬ恋の道かな 曾丹集行方も知れず貸しなくし 047 八重むぐら茂れる宿のさびしさに恵慶法師のあくび百ぺん やへむぐら茂れる宿のさびしきに人こそ見えね秋は来にけり 欠伸の出るような狂歌です。 ことあたらしうはじめてまうすべきにあらず。 なぜならかなぎ屋は、はっきり言ってあまり儲かっていないからだ。 ことゆゑなうみやこへかへしいれたてまつるべきよしおほせくださる。 ところがその歌の中では「を 緒 」を言わず、「も」ばかり四カ所もある、と。 19 小宰相身投げ(こざいしやうみなげ) 越前のさんみみちもりのきやうの侍に、くんだたきぐちときかずといふものあり。 去る二日には義経に対して、頼朝に叛くべきと院の庁の下し文を下げ渡し、この八日の日には頼朝の申し入れに対して、 義経を討つべきと院宣を下されたのです。 しゆしやうきうとをこそいでさせたまふといへども、さんじゆのしんきをたいして、ばんじようのくらゐにそなはりたまへば、じよゐぢもくおこなはれんもひがごとにはあらず。 「なっ……そ、そんなこと……」 「あるんですか?」 はるは意地悪く問う。 みちもりのきやう、能登殿のかりやへ、きたのかたむかへよせたまひて、さいごのなごりをしまれけり。 鎌倉へくだつて、まうしゆるいてたてまつらん。 渚にいちやとうりうし、よもすがらきやうよみねんぶつして、ゆびのさきにてはまのまさごにほとけのすがたをかきあらはし、あけければ、そうをしやうじ、さぜんのくどくさながらしやうりやうにとゑかうして、みやこへかへりのぼられけんこころのうち、おしはかられてあはれなり。 あはれなり=ナリ活用の形容動詞「あはれなり」の終止形。 義仲うつて、ひやうゑのすけにみせよや」とてをめいてかく。 」とて、 遠いあの世から(あなたを)お守りすることでしょう。 動作の主体である五条三位俊成卿を敬っている。 のちにきけば、しゆりのだいぶつねもりのおとご、たいふ敦盛とて、しやうねんじふしちにぞなられける。 かくとだにしのぶ思ひを人しらみこぼるるものは涙なりけり きくとこそ医者はいぶきのさしも草さしも知らじなあつい思ひを 052 明けぬればくるる物とは御存じの道信どのも朝ね四ツ時 明けぬれば暮るるものとは知りながらなほ恨めしき朝ぼらけかな 「四ツ時」は午前十時頃。 おなじみやこのうちにさふらひて、おんあたりのおんことどもをも、うけたまはらまほしうぞんじさふらひしに、かかるみにまかりなつてさふらへば、いまよりのち、またいかなるおんありさまどもにてか、わたらせたまひさふらはんずらんと、おもひおきまゐらせさふらふにこそ、さらにゆくべきそらもおぼえまじうさふらへ」と、なくなくまうされければ、にようゐん、「げにもむかしのなごりとては、そこばかりこそおはしつるに、いまはなさけをかけとひとぶらふひとも、たれかあるべき」とて、おんなみだせきあへさせたまはず。 熊谷よにまぎれて、なみうちぎはより、そこをばつとはせとほり、いちのたにのにしのきどぐちにぞおしよせたる。 さるほどにこまつのさんみのちうじやうこれもりのきやうは、としへだたりひかさなるにしたがつて、ふるさとにとどめおきたまへるきたのかた、をさなきひとびとのことをのみなげきかなしみたまひけり。 8 三草合戦(みくさかつせん) 平家のかたのたいしやうぐんには、こまつのしんざんみのちうじやうすけもり、おなじきせうしやうありもり、たんごのじじうただふさ、備中のかみもろもり、侍だいしやうには、いがのへいないびやうゑきよいへ、えみのじらうもりかたをさきとして、そのせいさんぜんよきで、みくさのやまのにしのやまぐちにおしよせてぢんをとる。 ははうへこれをかほにおしあてて、とかうのことものたまはず、ひきかづいてぞふしたまふ。 ここにいままゐりしたりける越後のちうだいへみつといふものあり。 ふねにひさしうたてたりければ、みなゑりきつたるやうなりけり。 「かぶる」は「かぶりつく」。 薩摩守忠度からの敬意。 よりて、古今、後撰のあとを改めず、五人のともがらを定めて、しるしたてまつらしむるなり。 めぐりあひて見ぬ顔したり年の暮 注:借金があったのだろう。 せめてのこころのあられずさにや、てづからかみをはさみおろし、こさんみどののおんおとと、ちうなごんのりつし、ちうくわいにそらせたてまつり、なくなくかいをたもつて、しゆのごせをぞとぶらひける。 鎌倉殿の、ほふしなれども、おのれぞねらはんずるものをと、おほせをかうむつしよりこのかた、いのちをばひやうゑのすけ殿にたてまつりぬ。 ゆきあはせたまはんこともふぢやうなれば、おんみをなげてもよしなきおんことなり。 かねひらいつきをば、よのむしやせんぎとおぼしめしさふらふべし。 御曹司、「あれはいかに」とのたまへば、「これはこのやまのれふしでさふらふ」とまうしければ、「さてはあんないよくしつたるらん」。 このやまのてとまうすは、いちのたにのうしろ、ひよどりごえのふもとなり。 さんぬるぢしようしねんしちぐわつに、むほんをすすめまうさんがために、ひじり、そぞろなるどくろをひとつとりいだし、しろいぬのにつつんで、「これこそこさまのかみよしとものかうべよ」とて、たてまつられたりければ、やがてむほんをおこし、ほどなくよをうつとつて、いつかうちちのかうべとしんぜられけるところに、いままたたづねいだしてぞくだられける。 春の夜の夢ばかりなる枕頭にあっあかねさす召集令状 注:もとよりこれは江戸狂歌にあらず、現代歌人塚本邦雄氏の名作。 出される茶やお供の料理はあまり美味しくない。 昼はうとうと眠つてゐる衛士と嫁 非番日はやたら寒がる御垣守 050 めいていにすするこのわた味よくてながくもがなとおもひけるかな 君がため惜しからざりし命さへ長くもがなと思ひぬるかな 「めいてい」は酩酊、「このわた」は海鼠 なまこ の腸の塩漬け。 わかぎみこれをとらせたまひて、「ははうへにはけふすでにわかれまゐらせさふらひぬ。 判官なみだをはらはらとながいて、「しゆくんのめいをおもんじて、わたくしのめいをかろんず。 くわうきよをはじめて、ざいざいしよしよのじんじやぶつかく、あやしのみんをく、さながらみなやぶれくづる。 こころせばうなほざねいちにんとおもふべからず。 「これはされば、いづちへとてわたらせたまひさふらふやらん。 「歯ぶし」は歯茎。 そのころのしゆしやうは、ごとばのゐんにてましましけるが、ぎよいうをのみむねとせさせおはします。 いつかうふちうなきよしのきしやうもんを、かきしんずべきよしをまうす。 こうやって水に溶かして、地肌の色に合わせて濃さを決めます」 白粉液の容器を見せて、はるは説明する。 とさばうそのひのしやうぞくには、かちのひたたれに、くろかはをどしのよろひきて、しゆつちやうどきんをぞきたりける。 こまをはやむるぶしあれば、わがくびきらんかときもをけし、ものいひかはすものあれば、すはいまやとこころをつくす。 木曽なみだをながいて、「かくあるべしともごしたりせば、いまゐをせたへはやらざらまし。 」と名のり 給へ ば、「 落人 おちうと 帰り 来 たり。 よはすでにほのぼのとあけゆけど、かはぎりふかくたちこめて、むまのけも、よろひのけもさだかならず。 いころしさふらはん」とて、かたてやはげていでければ、しん中納言、「たとひなんのものにもならばなれ、ただいまわがいのちたすけたらんずるものを。 なかにも平大納言時忠のきやうは、建礼門院のわたらせたまふよしだにまゐつてまうされけるは、「おんいとままうさんがために、くわんにんどもにしばしのいとまこうてまゐつてさふらふ。 あるひはさいかいのなみのうへ、あるひはとうくわんのくものはて、せんどいづくをごせず。 はまのまさごもちちのごこつやらんとなつかしくて、なみだにそではしをれつつ、しほくむあまのころもならねど、かはくまなくぞみえられける。 しかありしよりこのかた、その道さかりに興り、その流れいまに絶ゆることなくして、色にふけり、心をのぶるなかだちとし、世をおさめ、民をやはらぐる道とせり。 およしよといはず小声で春の夜の 注:江戸の町娘なら無風流に「およしよ」と言うところ。 さるほどにおなじきじふにんぐわつじふしちにちのあかつき、ほうでうのしらうときまさ、わかぎみぐしたてまつて、すでにみやこをたちにけり。 昔は物を思はせた乞食婆 注:晩年零落したという小野小町伝説。 そののちあふみのくにのぢうにん、ささきしらうのおんいとままうしにまゐられたるに、鎌倉どのいかがおぼしめされけん。 「あつぱれみかたに、かねつけたるものはなきものを。 そしてつい聞いてしまった。 たいしやうぐん九郎御曹司義経、いくさをばぐんびやうどもにせさせ、わがみは、院の御所のおぼつかなきに、しゆごしたてまつらんとて、ひたかぶとごろくき、院の御所ろくでうどのへはせまゐる。 ははうへ、「さてわごぜは、みをなげにいでぬるやらん。 ましてちううのたびのそら、おもひやられてあはれなり。 どちらも ありそうな 名前なので,どちらか わかりません。 ところどころでうたれんより、いつしよでこそうちじにをもせめ」とて、むまのはなをならべて、すでにかけんとしたまへば、いまゐのしらう、いそぎむまよりとんでおり、しゆのむまのみづつきにとりつき、なみだをはらはらとながいて、「ゆみやとりは、としごろひごろいかなるかうみやうさふらへども、さいごにふかくしぬれば、ながききずにてさふらふなり。 「しらうどののおむまざふらふ」とてひきとほす。 よるになれども、むねせきあぐるここちして、つゆもまどろみたまはざりしが、ややあつてめのとのにようばうにのたまひけるは、「ただいまちとうちまどろみたりつるゆめに、このこがしろいむまにのつてきたりつるが、『あまりにおんこひしうおもひまゐらせさふらふほどに、しばしのいとまこうてまゐつてさふらふ』とて、そばについゐて、なにとやらんよにうらめしげにてありつるが、いくほどなくて、うちおどろかされ、そばをさぐれどもひともなし。 いまだおんうしろをばごらんぜられさふらはぬやらん」とまうしければ、しん中納言いげのひとびと、うしろをかへりみたまへば、くろけぶりおしかけたり。 「そもそもいかなるひとにてわたらせたまひさふらふやらん。 するがのくにのぢうにん、をかべのごんのかみやすつなにおほせて、さがみのくにたごえがはのはたにて、つひにきられにけり。 あきんどのたよりに、ふみなどのかよふにも、きたのかたのみやこのおんすまひ、こころぐるしうききたまひて、さらばこれへむかへまゐらせて、いつしよでいかにもならばやとはおもはれけれども、わがみこそあらめ、おんためいたはしくてなど、おぼしめししづんで、あかしくらしたまふにぞ、せめてのおんこころざしのふかさのほどはあらはれにける。 ふかたありともしらずして、むまをざつとうちいれたれば、むまのかしらもみえざりけり。 めのとごのもりながは、そこをばなつくにげのびて、のちにはくまのぼふしに、をなかのほつけうをたのうでゐたりけるが、ほつけうしんでののち、ごけのにこうのそしようのために、みやこへのぼるにともしてのぼつたりければ、さんみのちうじやうのめのとごにて、じやうげおほくはみしられたり。 秋の露時雨の亭の書き始め 注:小倉山の時雨亭は藤原定家の山荘。 なりただおほせうけたまはつて、義経をおほゆかのきはへめして、かつせんのしだいをくはしうおんたづねあり。 おととのごらうはいくたのもりにありけるが、これをみて、よつぴき、しばしたもつてひやうどいる。 動作の主体である薩摩守忠度を敬っている。 によう院も、ないないみちもりのきやうのまうすとはしろしめされたりければ、さてこのふみをあけてごらんずれば、きろのけぶりのにほひことにふかきに、ふでのたてどもよのつねならず。 梶原がたまはつたりけるおむまも、きはめてふとうたくましきが、まことにくろかりければ、するすみとはつけられたりいづれもおとらぬめいばなり。 かはらたらう、おととのじらうをようでいひけるは、「だいみやうはわれとてをおろさねども、けにんのかうみやうをもつてめいよす。 まじ=打消推量の助動詞「まじ」の終止形、接続は終止形(ラ変なら連体形) 申せ=補助動詞サ行四段「申す」の命令形、謙譲語。 ささきなにごころもなうあゆませていできたり。 077 焼つぎにやりなばよしやこの徳利われても末にあはんとぞ思ふ 瀬をはやみ岩にせかるる滝川のわれても末に逢はむとぞ思ふ 「焼つぎ」は割れた陶器を釉 うわぐすり で焼き付けて接合すること。 三つ重なっている容器の一番下に、白粉と水を加え、白粉の濃さを調整する。 ははうへ、めのとのにようばう、てんにあふぎちにふして、もだえこがれたまひけり。 言葉の受け手である五条三位俊成卿を敬っている。 くびをつつまんとて、よろひひたたれをといてみければ、にしきのふくろにいれられたりけるふえをぞこしにさされたる。 を つけます。 「地玉子」は産み立ての卵。 このたび勅撰集を編纂する予定だと聞いていました。 あすのいくさとのべられさふらひなば、平家にせいつきさふらひなんず。 ちからおよばでこれまでつきまゐつてさふらふ」といひければ、畠山、「いつもわどのばらがやうなるものは、しげただにこそたすけられんずれ」といふまま、おほぐしをつかんできしのうへへぞなげあげたる。 義仲がせい、さんりんにはせちつて、このへんにもひかへたるらんぞ。 そこでお願いがあるのです。 かはらきやうだい、くつきやうのゆみのじやうずなりければ、さしつめひきつめさんざんにいる。 はるは妹女郎を思い出した。 身をほめていふ空言 そらごと にはかるとも世にあるさかし人はゆるさじ 夜をこめて年の関こす忙しさ 063 今はただ思ひ絶えなんとばかりを人伝ならでどをぞいひたい 今はただ思ひ絶えなんとばかりを人づてならで言ふよしもがな 今はただ「手抜きも程々に」と申したい。 たとえば,「たろう」「ゆうこ」の 音声は 常識で わかりますが,「こうみ」の 音声は わかりません。 こけんしゆんもんゐんのおんなごりにておはしければ、ほふわうもおんかたみにごらんぜまほしうはおぼしめされけれども、かやうのあくぎやうによつて、おんいきどほりあさからず。 こけんしゆんもんゐんのおんせうと、たかくらのしやうくわうのごぐわいせき、またにふだうしやうこくのきたのかた、はちでうのにゐ殿も、あねにておはしければ、けんぐわんけんじよくおもひのごとくこころのままなり。 いちのたにをざさはら、みどんのいろをひきかへて、うすくれなゐにぞなりにける。 5 判官都落ち(はうぐわんのみやこおち) ここにあだちのしんざぶらうといふざつしきあり。 あつたらものどもがいのちをたすけてみで」とぞのたまひける。 「ししはかよひさふらふ。 なげあげられて、ただなほり、たちをぬいてひたひにあて、だいおんじやうをあげて、「武蔵のくにの住人、おほぐしのじらうしげちか、宇治がはのかちだちのせんぢんぞや」とぞなのつたる。 橋立へ駕籠でいくのの上つかた景はご覧じ地はふみもみず 大江山鬼も和らぐ名歌なり わる口の袖をひかへて大江山 まだ文も見ずと小娘やつてのけ 小式部は地理を巧者に口答へ 061 いにしへのならのみやこの八重桜さくらさくらとうたはれにけり いにしへの奈良の都の八重桜けふ九重ににほひぬるかな 能天気のような、投げやりのような。 まつのゆきだにきえやらで、こけのほそみちかすかなり。 ようちよかんぬとおぼえさふらふ」とまうしければ、つはものども、「くらさはくらし、いかがせん」とくちぐちにまうしければ、御曹司、「れいのおほだいまつはいかに」とのたまへば、とひのじらう、「さることさふらふ」とて、をのばらのざいけにひをぞかけたりける。 夕立のはれてしぼりのその浴衣ぬれにぞぬれし色はかはらず ぬれにぞぬれて頼まんしよ頼まんしよ 注:太田道灌が田舎娘に蓑を借りた故事。 昔は二十人を超える女が住んでいたが、大体出て行ってしまったのだという。 義経うちにのぼつたるおんつかひなり。 にくいきみがまうしやうかな」とて、すでにくびをかかんとしければ、「まさなうざふらふ。 こんどみやこへのぼり、木曽どののみうちに、してんわうときこゆるいまゐ、ひぐち、たて、ねのゐとくんでしぬるか、しからずは、西国へむかつて、いちにんたうぜんときこゆる平家の侍どもといくさして、しなんとこそおもひしに、このごきしよくでは、それもせんなし。 そののちくがにあがつてやすみゐたりけるを、河越のこたらうしげふさ、とつて院へまゐらせたり。 なのれ、きかう」どいひければ、「武蔵のくにの住人、ゐのまたのこべいろくのりつなといふものなり。 宇治橋へは、にしな、たかなし、やまだのじらう、ごひやくよきでつかはしけり。 手切金 てぎりかね 取りて別れし女房の憂しと見し世ぞ今は恋しき すつぱりと思ひ切つたる黒髪のうしと見し世ぞ今は恋しき 存命 ながら へばまた信長や忍ばれん憂しと三好ぞ今は恋しき ながらへば又この頃は鰒をくふ うしと見し勤めもうもういやになり 注:「うし」と「もうもう」は縁語。 そのぎならば、いちにんももらさずうてや」とて、こぶねどもおしうかべておはれければ、しこくのものども、ひとめばかりにやひとついて、のかんとこそおもひしに、能登殿にあまりにていたうせめられたてまつて、かなはじとやおもひけん、とほまけにしてひきしりぞき、あはぢのくにふくらのとまりにつきにけり。 いづくまでもおんともつかまつりさふらはんずるものを」とて、わがのつたりけるむまにかきのせたてまつり、くらのまへわにしめつけたてまつて、わがみはのりがへにのつて、みかたのぢんへぞいりにける。 かねひらうつてひやうゑのすけどののおんげんざんにいれよや」とて、いのこしたるやすぢのやを、さしつめひきつめさんざんにいる。 はやはやしゆつけしたまへ」とのたまへども、もんがくをしみたてまつて、ごしゆつけをばせさせたてまつらず。 これは ありそうだと この サイトが 勝手に 判断 した 名前を 書いています。。 いちもんじにざつとわたいて、むかふのきしにぞうちあげたる。 これぞけふのたいしやうぐんのしるしとはみえし。 恋しさに忍びてまがき立ちまよひ君知れず土手を帰る裏道 初恋の歌から忠見病み始め 注:歌合での負けを苦に病死したとの伝がある。 あくしよにおちてはしにたからず。

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